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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)1773号 判決

主文

控訴人渡辺の控訴を棄却する。

原判決主文第一ないし第三項および第五項を次のとおり変更する。

被控訴人に対し、控訴人市蔵、同憲三、同幸久、同年世は各自原判決添付の別紙目録記載の建物を収去して同目録記載の土地を明渡し、かつ昭和四八年七月四日から右建物収去土地明渡の済むまで各自月八一〇円の割合による金員を支払い、また控訴人市蔵は一二、四二九円、控訴人憲三、同幸久、同年世は各自八、二八六円を支払え。

被控訴人の控訴人市蔵、同憲三、同幸久、同年世に対するその余の請求を棄却する。

控訴人渡辺に関する控訴費用は同人の負担とし、被控訴人とその余の控訴人らとの間に生じた控訴費用は、第一、二審とも右控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴代理人は「原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却、控訴費用控訴人ら負担の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。(証拠関係省略)

理由

一  原判決に摘示された請求原因事実1ないし3ならびに控訴人ら五名の賃借権譲受けの抗弁(一)および(二)のうち賃借権譲渡につき承諾があつたとの点を除いては、いずれも当時者間に争いがない。

そうして原審における被控訴本人尋問の結果(第一、二回)の一部およびこれにより成立を認め得る甲第八号証の一ないし二七ならびに原審証人高田佐治郎の証言の一部を綜合すると、

高田佐治郎(その先代は高田捨三、先々代は高田佐太郎)が先々代以来被控訴人先代権野健三から賃借していた土地の範囲は、昭和三〇年頃には、明神前の土地とよばれていた吹田市垂水町一丁目八五三番地の一、二および五約三二三坪(原審における被控訴本人の第一回の尋問の際示された訴状添付図および甲八号証の一八、一九参照)になつていたこと、および高田佐治郎は右土地の上に数棟の建物を所有していたことが認められ、昭和三四年五月四日白杉キクヱが高田佐治郎から右建物のうちの一棟である本件建物の所有権とその敷地である本件土地の賃借権を譲受け、建物につき同月七日所有権取得登記を了したことは当事者に争いがないが、右賃借権譲渡につき承諾があつたことについては立証がない。してみると、適法に賃借権を譲受けた旨の抗弁は採用できない。

二  控訴人らは、白杉キクヱが本件土地の賃借権を時効取得した旨抗争するので審究することとする。原当審における控訴本人白杉市蔵の尋問の結果中地代はキクヱが高田佐治郎に交付し、佐治郎において被控訴人に支払つていたとの部分はたやすく信用できず、成立に争いのない甲第六号証の一、二および原審における被控訴本人尋問の結果(第一回の一部)を綜合すると、昭和三五年六月頃被控訴人は、キクヱから本件土地の賃借権の譲渡承認方を求められたがこれを拒否し、かつキクヱの前主である高田佐治朗の賃借権は賃料不払による契約解除で既に消滅しているから建物を収去して土地を明渡してくれと申向け、その後同年七月一三日付一六日キクヱ到着の内容証明郵便で同趣旨の申入をしたことが認められ、原当審における控訴本人白杉市蔵の尋問の結果中被控訴人がキクヱに対し本件土地の賃貸を明確には拒否しなかつたとの部分は採用できない。そうであれば、成立に争いのない乙第四号証の一ないし四九によると、白杉キクヱは被控訴人に対し、昭和三六年八月二一日に同三五年一月から同三六年七月までの地代として月二一六円の割合で弁済供託し(同人がそれ以前に地代の弁済供託をした旨の立証はない)、昭和三六年八月から同四五年三月までは同じく月二一六円の割合で、同四五年四月から同四七年四月までは月八一〇円の割合で、毎月または数ヵ月分を取まとめて弁済供託した事実が認められるけれども、前段に認定した事実関係からしてそれは賃借権譲渡につき賃貸人の承諾がないのを承知の上での行為であつて、キクヱが本件土地の賃借権を適法に取得したという意思で弁済供託を開始し継続したとは到底解し難いから、控訴人らの賃借権時効取得の抗弁も採用できない。

三  控訴人らは、被控訴人の本訴請求は、いわゆる失効の原則が適用さるべき場合であり、または権利濫用にあたる旨抗争するけれども、控訴人ら主張の諸事情をもつてしては、直ちに右主張を容認すべき場合にあたるとは認め難いので、右抗弁も採用することはできない。

四  控訴人市蔵ら四名は昭和五〇年四月一六日の本件口頭弁論期日において被控訴人に対し本件建物につき買取請求権行使の意思表示をなし、その代金の支払を受けるまで、同時履行または留置権の抗弁により本件土地の明渡を拒む旨抗争するが、被控訴人は右買取請求権は行使前に既に消滅している旨の再抗弁を提出しているので、右再抗弁から検討することとする。高田佐治郎が被控訴人方から賃借していた土地の範囲が昭和三〇年頃本件土地を含む明神前の土地約三二三坪であつたことは前示のとおりであるところ、前掲甲第八号証の二三ないし二七に原審における被控訴本人尋問の結果(第一回の一部)を綜合すると、昭和三二年分の右土地の地代は年一六、八七〇円として支払われたことおよび昭和三三、三四年分については被控訴人において年二〇、〇一六円に増額して請求したが支払われなかつたことを認めることができる。これによれば、昭和三二年もしくはそれ以前に、右両者間において地代を年一六、八七〇円と定められたことは推認できるが、原審における被控訴本人尋問の結果(第一、二回)中被控訴人と高田佐治郎間の調停等で両者間に地代を二〇、〇一六円に増額する旨の合意がなされたとの部分はにわかに採用できない(容易に提出し得る筈の調停調書謄本が証拠として提出されていない)。他に地代が二〇、〇一六円に増額されたことを肯認しうる主張立証がない。ところで公務所作成部分の成立につき争いがなく、その余の部分の成立は原審における被控訴本人尋問の結果(第一回の一部)により認め得る甲第一号証の一および成立に争いのない同号証の二によると、被控訴人は高田佐治郎に対し昭和三五年二月三日付翌四日到達の内容証明郵便で、右土地の昭和三三、三四年分地代四〇、〇三二円を同月一〇日までに支払え、支払わない場合には賃貸借契約を解除する旨の催告兼停止条件付契約解除の意思表示をなしたことが認められる。右催告にかかる地代は年二〇、〇一六円の割合であり、真実の地代額は年一六、八七〇円であつたのであるから、催告にかかる地代額が真実の地代額を若干上回るものといわなければならない。従つて、高田佐治郎としては年一六、八七〇円の割合で昭和三三、三四両年分三三、七四〇円を支払う義務を負担するに止まるのである。しかし、被控訴人としては全額はともあれ二年間も溜め込んだ地代はもうこのへんで清算してもらいたい旨の意思は右催告によつて明確に表明しているものと解すべきであるから、高田佐治郎は、右催告に対し昭和三五年二月一〇日までに三三、七四〇円を支払うべきであつた。しかるに佐治郎においてこれを提供した旨の立証がなく、かえつて、成立に争いのない甲第五号証によれば、その後である同月一七日に到り佐治郎が従前の一年分の地代にも足りない一五、〇〇〇円(昭和三四年分と表示)のみを弁済供託した事実が認められる。これによれば、高田佐治郎としては、被控訴人のなした前示催告の金額に不満があるため催告期間を徒過したものではなく、正当な金額の地代支払の意思もしくは能力がなかつたために右期間を徒過したものと推認される。してみると、昭和三五年二月一〇日限り本件土地を含む前記土地約三二三坪について存した被控訴人と高田佐治郎間の賃貸借契約は、後者の債務不履行によつて解除されたものというべきであるから、控訴人市蔵ら四名は、その後である昭和五〇年四月一六日にはもはや本件建物につき買取請求権を行使するに由ないものといわざるを得ず、被控訴人の再抗弁は理由がある。

五  以上の次第であるから、控訴人市蔵ら四名は各自被控訴人に対し本件建物を収去して本件土地を明渡し、控訴人大道は被控訴人に対し本件建物から退去して本件土地を明渡す義務がある。

六  またキクヱは本件建物を所有して本件土地を不法に占有することにより、占有開始の後であつて被控訴人の求める昭和四三年二月一日から昭和四五年三月までは月二一六円、同四五年四月から同四七年四月までは月八一〇円の各割合による(いずれも同人の前示供託額を地代相当額と認める。地代相当額がこれを超えることについては立証がない。因に前記土地約三二三坪の地代年一六、八七〇円を本件土地二八・六一坪に割りつけたうえ、その月額を算出すれば一二三円余となる)地代相当の損害、同四七年五月からキクヱが死亡したことに争いのない昭和四八年七月三日までは同じく月八一〇円の割合による地代相当の損害、計三七、二八七円の損害を被控訴人に与えていたものというべきであるから、キクヱの死亡により、控訴人市蔵は夫として相続分三分の一の割合による一二、四二九円、控訴人憲三、同幸久、同年世は子として相続分各九分の二の割合による各八、二八六円の損害金をそれぞれ被控訴人に支払う義務があり、さらに控訴人市蔵ら四名は、キクヱの死亡した日の翌日である昭和四八年七月四日から本件建物を所有し共同して本件土地を占有することにより建物収去土地明渡の済むまで各自被控訴人に対し月八一〇円の割合による地代相当額の損害金を支払う義務がある。

七  してみると、被控訴人の本訴請求中、控訴人市蔵ら四名に対して各自本件建物収去土地明渡および右六説示の損害金の支払、控訴人大道に対して本件建物退去土地明渡を求める部分は正当として認容し、控訴人市蔵ら四名に対するその余の損害金の請求は失当として棄却すべきところ、原判決中控訴人大道に関する部分は右と同趣旨であつて相当であり控訴は棄却を免れないが、控訴人市蔵ら四名に関する部分は一部右と異なるのでこれを変更することとし、民訴法九六条、八九条、九二条但書、九三条に則り、主文のとおり判決する。

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